本件では,取引業者からの指摘を受けて会社として調査した結果,我が国内での未承認酸化防止剤が使用されていたというのですから,即刻その使用,並びにその混入した商品の販売を中止すると共に,製作済み商品の全品廃棄を速やかに実施すべきでした。しかし,実際には検査中の販売継続は最初からの方針だったことが露見するに至り,社会的なひんしゅくを買ったものです。
ここでは,コンプライアンスに対する意識の不十分さが顕著であったというほかありません。いったん認識した問題への対処ですら,それ以上に公にならなければそれでよしとの対応であった訳ですから,未だ発覚していない問題があるのではとのいらぬ憶測に伴う信用失墜も当然避けられないところと言うべきでしょう(信用は失うのは容易ですが,それを得るためには大変な苦労を伴うものです)。
コンプライアンスの確立に当たり,違法行為の是正は当然のことですが,一時期とはいえどもそれを隠蔽して違法行為を続行し利益を上げようとする姿勢は,当該利益程度ではすまない膨大な損失を生じるものであることを,教えてくれる事例です。
前回に続いて,今回は,取引業者の指摘で判明した違法行為を改善・公表することなく,むしろその隠蔽を図ったことが後日発覚するに至ったケースとして,ミスタードーナツ事件を紹介します。
【事案の経緯】
ダスキン㈱が経営する「ミスタードーナツ」で販売する中国製肉まんに,2000年秋頃未承認の酸化防止剤TBHQ(tert-ブチルヒドロキノン)が使用されていたことが,同年11月取引業者の指摘を受けたダスキンの調査により判明しました。これを受けて工場は12日間操業を停止し,中国にあった在庫56万個を廃棄しましたが,国内在庫分300万個については12月20日まで販売し続けました。同社は経緯を厚生労働省に届け出ていなかったところ,同省に通報があったため,2002年5月15日に大阪府に連絡し,調査の上,同月20日経緯を公表しました。
しかし,翌21日には同社が禁止添加物の使用を指摘した業者に6300万円もの現金を支払った事実が判明し,翌22日には,これが事実上の「口止め料」であったことを同社幹部も認めるに至りました。
さらに同月28日には,同社ドーナツ担当の元専務が2000年11月,肉まんへのTBHQ混入が疑われている段階で販売を継続する決定をしていたことが判明しました。
その後,本件は大阪府による大肉まんの仕入れ販売禁止の行政処分,同年11月の社長の引責辞任を経て,同社旧経営陣の食品衛生法違反の起訴(略式命令・罰金各20万円),株主代表訴訟や,添加物混入を指摘後契約を打ち切られた取引業者からの損害賠償請求訴訟に発展しました。元専務らに対する株主代表訴訟では請求額全額である106億円もの損害賠償が命じられているほか(大阪地判平成17年2月9日),元会長らに対する株主代表訴訟では,取締役の公表義務を認定して,合計5億5800万円の損害賠償が命じられているところです(以上,齋藤憲「企業不祥事辞典―ケーススタディ150」参照)。
(続く)
本件では,一審判決においても唐突な印象と前置きされているものの,通報者から副社長への直訴,及び岐阜営業所長への直訴がなされています。これらは,ヤミカルテルそのものについてのものではなく,法令違反という意味では程度の小さい中継料問題についてのものではありますが,しかし,この直訴が無視されたことをもって,被告会社においては自浄作用を期待することはできないとの帰結が導かれている点は重要です。
ここで示された論理に従えば,裁判所としても,先行する通報に被告会社が真摯に対応していたのであれば,後続の通報もいきなり外部に行うべきではなかったとして,実際になされた通報を違法と断じる可能性もなくはなかったように思われるのです。しかし,実際には結局は先行する通報への対処が全くなかったことをもって,裁判所は後続の通報をまず内部に行うよう要求することが無意味であることを指摘するに至りました。
このことは,先行する通報への対処の際,何らの自浄作用が発揮されなかったことが,本件通報を適法化させた分水嶺となっていることを意味しています。通報自体は昭和49年当時のことであるから,会社としてのコンプライアンス体制が確立していない点はやむを得ないとしても,実際に通報を受けた以上,真摯な対応をしてさえいれば,判示を異にした可能性が否定できないといえます。そのような場合には,会社として自浄作用発揮の機会を生かすことが引き続き可能だったといえるでしょう。
もとより,会社ぐるみでヤミカルテルを維持するような場合には,およそ自浄作用の発揮は期待できないのですから,前提となるのは法令遵守に向けた経営陣の本気の姿であることは間違いないところというべきです。そのような姿勢を持つ企業であればこそ,裁判所も自浄の機会を尊重してくれるというものでしょう。
前々回に続き,トナミ運輸事件の一審判決と控訴審での和解をご紹介します。
【判決概要】
一審の富山地裁は,原告の本件内部告発は正当な行為であって,法的保護に値するというべきであり,被告は,原告が内部告発をしたことを理由に,これに対する報復として,原告を異動させた上,原告を極めて補助的で特に名目もない雑務に従事させ,更に長期間にわたって昇格させないという原告に不利益な取扱をしたこと及び原告に対する退職強要行為をしたことは明らかであるなどとして,請求の一部を認容しました。
【評価】
この判決は,公益通報者保護法制定以前に判例上確立された内部告発が保護されるための3要件,すなわち,①告発事実の真実性(ないし真実であると信じるに足りる相当な理由),②公益目的,③告発手段の相当性の3点を挙げた上,③については,会社のこれまでの違法行為の経緯と通報者の立場に照らし,会社が通報を受けたとしても是正措置を取る可能性が極めて低かったことを認定して,内部努力を欠いたまま外部に告発を行ったことは,不当とまではいえないと判示しました。
論理及び結論いずれも妥当と評されているものであり,公益通報者保護法下でも,同法第3条第3号ロ(証拠隠滅の虞)の要件を満たす可能性が高く,そのまま妥当する判決といえます。
【控訴審における和解】
その後の報道によれば,同訴訟は控訴審(名古屋高裁金沢支部)にて和解が成立したとのことです。原告側によると,一審の富山地裁が命じた賠償金など約1356万円に上乗せした和解金が同社から支払われるほか,和解条項に同社が「本件を教訓に適正で公正な業務運営を心がけ,信頼回復に努める」とする内容が盛り込まれたとのことです(朝日新聞平成18年2月16日)。
(続く)
次回は,この長期化した事件において,初期の段階で自浄作用を発揮する余地がなかったのかどうか,そのためのキーポイントを探ります。
【社内の不正行為を告発したら、仕事を取り上げられ、不当に出向させられたとして、三菱重工業(本社・東京)の男性社員が同社に、出向の取り消しと慰謝料など110万円の支払いを求める労働審判を神戸地裁に申し立てた。男性は「善意の内部告発に対する明らかな報復行為だ」と主張。同社は「業務上の都合によるもので、内部告発とは関係ない」と反論している。】<a href="http://www.asahi.com/kansai/sumai/news/OSK200809270080.html">(28日・朝日新聞)</a>
この件については,内部通報に対する不利益処分の有無に関する両者の主張が真っ向から食い違っていますが,社内窓口への内部通報の後に出向が命じられた点には争いがないようです。この点,報道によると,男性は,「設計補助担当を外されて約半年間仕事を与えられず,その後は書類整理などを命じられた。」と主張している(前掲朝日新聞)とのことであり,当面は労働審判の行方を見守ることになるでしょう。
本日からは,内部通報制度がありながらそれが機能しなかった事例,あるいは,制度は導入されてはいなかったものの,実際になされた内部通報への対処に失敗した事例を紹介して,あるべきコンプライアンス体制を考えてみたいと思います。
まず,最初にご紹介する事例は,昭和40年代に起きた事件ですが,つい最近まで裁判で係争されていた「トナミ運輸事件」です。
1 【事案】
大手貨物運送会社である被告トナミ運輸の従業員である原告が,被告会社が同業他社との間でヤミカルテルを締結しているなどと新聞社に対して内部告発したところ,被告がこれを理由として長期間にわたり昇格させず,不当な異動を命じて個室に隔離し雑務に従事されるなど,原告に対し不利益な取扱をしたとして,被告に対し,雇用契約上の平等取扱義務,人格尊重義務,配慮義務等に違反する債務不履行又は不法行為に基づき,慰謝料,賃金相当額の損害賠償及び謝罪文の手渡し等を求めた事案です。
第1審の富山地判の認定するところによれば(富山地判平成17年2月23日,労判891号12頁,896号5頁),被告会社においては,ヤミカルテル以外にも,中継料の収受に関する問題がありました(=他社への中継運送の際に収受すべき中継料を,実質的には自社のみの運送だが形式的に他社が介在しただけの場合にも収受していた点)。この点,原告はヤミカルテルの内部告発に先立ち,中継料の問題を副社長及び岐阜営業所長に直訴したものの,何ら対処されなかったこともあって,ヤミカルテルについてはいきなり新聞社に内部告発の上,その後も公正取引委員会に告発するなどしました。
(続く)
このような社会背景の激変の中で,内部告発者の解雇・不利益取扱い等を禁止してその保護を図ると共に,社会経済の健全な発展を図る必要性はいよいよ高まり,公益通報者保護法が導入された訳ですが,この法律はあくまで公益通報者を保護するに留まる消極的な立法であり,それ以上に企業にコンプライアンスの高いハードルを課そうとするものではありません。しかしながら,企業がコンプライアンス経営を維持するためには,自ら不正を早期に発見して自浄作用を発揮することが重要であり,そのための端緒として内部通報を積極活用する姿勢が求められることになります。すなわち,コンプライアンス経営のためには,内部通報を消極的に受け止めるばかりでは不十分であり,それを積極的に活用する姿勢が必要なのです。
昨今,上場企業を中心に企業における内部通報制度の導入が一般的となっていますが,それが遵法らしさの隠れ蓑になっている企業は残念ながら少なくありません。内部通報制度を導入したことの一事をもって,コンプライアンスが達成されているかに対外発表を行う企業において,実は内部通報が過去に1件もなく,社員が通報の仕方を知らないケースも間々あります。これでは本末転倒であることは明白です。「仏作って魂入れず」にならないよう,本気のコンプライアンス経営が求められるところです。
(続く)
近年,消費者側の権利意識の高まりは顕著であり,不祥事を起こした企業への消費者からの批判が強まる中,公益や社会的責任への配慮と共にコンプライアンスは企業経営において重要性を増してきました。その確立に向けた取り組みは,バブル経済崩壊後の外資の台頭とこれに伴う経営のグローバルスタンダード化を背景にさらに加速しています。経営環境が厳しさを増す中,終身雇用制度の崩壊の一方で導入例の目立つ能力主義人事は,社員に自身のキャリアを損なわせかねない違法業務を明確に忌避させるところとなりました。こうして,遂に内部告発の時代が到来するに至ったのです。
こうした時代背景の下,企業側のリスクコントロール上も,不祥事の隠蔽によるリスクは極大化しています。従前と異なり,隠蔽した不祥事が発覚する確立は飛躍的に高まり,同時にその発覚による損失もまた従前とは比較にならない程度に至っています。近時の不二家や船場吉兆の事例を観ても,不祥事の隠蔽がもたらす損失の大きさは測り知ることができようというものです。今や効率経営を達成するには,遵法経営を推進することが不可欠の時代となりました。違法行為による収益は,決して長期的に企業の健全な発展を支えることにはならない時代となったのです。
(続く)